上層部と現場をつなぐグラフィックファシリテーション。見える化された“兆し”が変革の土台に
背景
自動車を中心とした金属素材のサプライチェーンをグローバルに支えてきた、豊田通商株式会社 金属本部[現 メタル+(Plus)本部]では、数年前から事業全体の未来を見据えた変革に着手。2018年、その中核を担う施策としてDX推進プロジェクト(デジタル技術を活用した業務プロセス変革)がスタートした。この一大プロジェクトに各部から選出された推進担当者たちは、誰もが初めてのことに戸惑いながらも、ともかくやってみようと試行錯誤が始まる。
DXの必要性を説き、デジタル化やA I活用を推進するも、日々忙しい現場への浸透は簡単ではない。現場からは業務を変えることへの抵抗を受ける一方、マネジメント層からは全てを任され、推進担当者はその狭間で業務変革へのジレンマを抱えていた。
「このままではダメだ。いつまで経っても本当の意味でDXが進まない…! 」
「なぜDXを推進する必要があるのか、そこがみんなの腑に落ちないと…」
スタートから5年が経ち、プロジェクトを振り返った。2018年当初にめざした成果を達成できなかった現実を本部内で認識し、要因を議論。その結果、このままの状態でプロジェクトを継続するのではなく、学びを生かし、新たに業務プロセス改革プロジェクトを立ち上げることになった。
新たにどうしていくか。各部署のDX担当に任命された元・一般職の5人(※)は、これまでの挑戦の悔しい結果から、2つのことを見出す。
●業務の見直しは、社内だけでなく顧客にも影響がある。だからマネジメント層の理解と関わりが必要不可欠!
●個々の人の力に頼ってきた業務プロセスを変えていくには、現場の一人ひとりが、この業務変革に1人称で取り組まないと実現は不可能。本当の意味での自分ごと化が必須!
「私たち担当者だけで、何とかしようと奮闘しているだけじゃダメだ。このプロジェクトを推進していくには、進化ではなく“深化”が必要」と、改めて覚悟を決めた5人。もっと社内を巻き込んでいけるようなアプローチをしたい、マネジメント層と実際に現場で働いている人たちが同じ目線で語り合い、みんなが腹落ちできるような話し合いがしたい、とプロジェクトの方向性を再定義。
2023年6月には、推進担当にキャリア採用の1人が加わり、6人衆となって新たなフェーズをスタートさせた。深化のために今までと違うことをやろうと、周囲への相談・紹介を経て、グラフィックファシリテーションと出会う。
―担当者インタビュー―
推進担当の6人衆を代表して、メタル+(Plus)企画部の柴田静佳さん、田口麻悠子さんのお二人に話を聞きました。
「表面的な賛成」を突破して、「本音」を話したい
新たなプロジェクトを立ち上げるにあたり、グラフィックファシリテーションの存在を知って、絶対に取り入れたいと思いました。すでに5年もDX推進に費やしてきたのに「見える効果が上がってない、もっと早く成果を!」「私の業務、ちっとも変えてもらえてない!」といった声があちこちから挙がっていて、推進担当としてはやりきれない気持ちでいっぱいでしたし、これまでと同じやり方では、みんなの心が離れていってしまう、との強い危機感がありました。
業務改善や働き方改革は、やった方がいいと頭でわかっているだけでは進まないこともわかってきていました。だから「表面的な賛成」や「担当者任せ」の状態を突破していくためにも、愚痴やぼやきも含め「本当はどう思っているか」や、「そもそも、自分たちはどうありたいか」「何のために変革が必要なのか」などの本音や本質を話せるような取り組みを必要としていました。
グラフィックファシリテーションは、会社としても初の試みだったので、上司から導入に反対されるかと思いきや、全く抵抗感なく「やってみよう!」と応援してくれて、ホッとしました。提案してみるものですね(笑)。みんな、これまでと同じ5年を繰り返すのだけは嫌だと内心思っていたのかもしれません。必然のタイミングで、外部のプロに関わってもらうこととなりました。
会議に「待った!」をかけて立ち止まったことが分岐点に
グラフィックファシリテーションは、描くこととファシリテーションが一体となっていて、ものすごいインパクトでした。今もその時思ったことや感じたことがありありと残っています。それまで当たり前だと思っていたいろんなことが打破されたような感覚です。
例えば、それまで話し合いは「速く(効率的に)、上手く(効果的に)進めなきゃ!」「時間内に結論を出さなきゃ!」「話し合いに参加してくれるメンバーの時間を無駄に使わせちゃダメ!」みたいな意識が前提にありました。だから、事前に事務局が話し合いのゴールを決めて、そこまでの道筋も全部準備して、ある種の切迫感の中で行っていました。今思えば、それだと、本音や本質的な話は出ないし、参加メンバーの自分ごと化にもならないですよね。
グラフィックファシリテーションは、「ちょっと待って! 本当にそれでいいの?」「いったん立ち止まって考えよう!」「その話の背景には何がある? 深く想像してみよう」と、急いている私たちに「待った」をかけてくれるような話し合いの場づくりなんです。そんなふうに立ち止まって話し合ったり、結論を出すことを脇に置いて深く話したりするのは全く初めての経験で、会議の当たり前が覆された感じ(笑)。私たち6人衆にとっても、参加したマネジメント層にとっても、強烈な体験と気づきになりました。
何かを変革していくには、自らやりたい・変わりたいと思わなければ難しくて、人は簡単に動かない。人の心に火を灯すには、時間も手間もかかる。非効率で一見遠回りに見えるけれど、一人ひとりの声に耳を傾けて地道に対話していくことが、一番近道になる。こういったことが、グラフィックファシリテーションのプロセスの中で、共通の体験として腑に落ちた。これは、私たちの組織にとって、その後の大きな分岐点になりました。
マネジメント層の人間味が見えてきた
ワークショップの前までは、マネジメント層は遠い存在で、何を考え、感じているのかを知る機会がほとんどありませんでした。あえて言葉を選ばずにいうと、「感情を表に出すことなく、数字や結果を重視して仕事しているような人たち」だと、いつの間にか思い込んでしまっていました。でも、グラフィックファシリテーションのある場で話していたら、回を重ねるごとに、だんだんとマネジメントの皆さんが自分はどう感じているか「感情」の部分を話してくれるようになったんです。
その場の発言や声が、絵と一緒に描かれていることで、だんだんと本音があぶり出されていき、「現場社員のありのまま」が表されていく。それに背中を押されるように、絵を見ながら「あぁ、自分たちは良かれと思ってやっていたのに、現場のみんなには伝わってなかったんだね。それはすごく悔しいし、さみしい」とか、「分かっているつもりになっていたことが申し訳ない」「正解がわからない世の中になって、自信を失う部分もある」とか、あるいは「未来のために日々模索していることが現場の人に伝わってくれたら、嬉しい」とか、声を出してくれて。
普段の会議では絶対に口にしないような感情や本音の声が聞けたことで、マネジメント層も日々悩みながら頑張っている一人の人間なのだと、改めて気づけました。それまでは、立場のある人の「人間味」に触れる機会もあまりなかったですし、私たち自身にも「どうせわかってもらえないよね」という思い込みがあったのかもしれません。マネジメント層の皆さんが真摯に私たちの声に耳を傾けて真剣に話し合っている姿を見て、捉え方が全く変わり、この場に直接参加していない現場の人たちにもこの姿を伝えたい! と思うようになりました。
現場の生の声を、もっともっと巻き込みたい!
それと同時に、現場の人たちは、私たちが代弁するよりも、マネジメント層が想像しているよりも、もっと生々しく感じていることがあるに違いない、とも思ったのです。そこで、現場の人たちのリアルな声を聴くために、全国の拠点を回るツアーを敢行しました。
1&2回目のグラフィックを貼り出し、なぜこのワークショップをやっているのか、なぜ業務改革をしようとしているのか、この業務のありたい姿はどういったものなのか。ここまで話し合ってきた経緯を共有し、さらにどう思うか現場の声を聴かせてもらいました。すると驚くことに、800を超えるつぶやきを拾うことができました。
この全国行脚は、グラフィックがなかったら絶対に実現しなかったと思います。絵があったから、当日参加していない現場の人にも伝えることができた。ただの文字の議事録だったら、話した時の気持ちが抜け落ちてしまって、どうしてこの話をしたのかの文脈もどんどん風化してしまう。でもグラフィックがあるから、その時の記憶や感覚がありありと蘇る。だから、絵があれば私たちも伝えられるという安心感があって、実行する勇気が出ました。
現場のみんなも、絵があったから興味を持って参加してくれて、自分たちの声を出してくれたんだと思います。「現実はもっと大変」「いや、私はここまでじゃないよ」「ここに描かれていることって、どういうこと? もっと教えて!」と、グラフィックが土台となって、指を差し合いながら、主体的に発言が紡がれていきました。
マネジメント層のみなさんも、それまでは、どうやって現場の声を聞いたらいいかわからないからそのままにしたり、聞いたところで一人の力ではどうしようもないと思って踏み出せない部分もあったのだと思います。全国行脚を一緒に回ったり、800超の現場の生々しいつぶやきを目の当たりにしたことで、「現場を取り残さず、聴くことから始めよう」「現場に伝わるように工夫しよう」「厳しいコメントにも、真摯に向き合おう」と、マネジメントとしてのスタンスや方法も少しずつ変わっていったように思います。
ここからがスタート。道半ばの中にも変化の兆し
グラフィックファシリテーションを用いた3回のワークショップと、全国行脚を通して見えてきたのは、改革の対象となっていた基幹業務は、長年にわたって私たちの事業全体を支えてきた存在だということ。想像以上に、多種多様な問題や、現場の葛藤と絡み合っていて、部分を切り取って簡単に解決策を導き出せるようなものではなかったのです。
なので、3回目が終わった時点で結論がキレイにまとまったとかはなく、「あぁ、もっとみんなで話したい。ここからがスタートなのに…」という気持ちでしたね。その後も対話は続けていて、マネジメント層と現場をつなぎ、お互いに伝え合い、伝わり合うような取り組みを、できることから始めています。
デジタル技術を活用した基幹業務の改革という意味では、まだプロジェクトは途中ですが、2023年の取り組みと経験を経て、組織の中が変わりつつある“兆し”も、各所で感じるようになりました。
例えば、マネジメント層が、日常の会議の中でも「まとまってなくて良いから、言ってみて」と、発言を促すようになったんです。グラフィックファシリテーションの場では「中途半端をひらく」と教えていただきました。完璧に準備できてなくてOK、キレイなことを言おうとせず、中途半端でも良いからそのままの声を聞かせて、と対話を歓迎する雰囲気が日常に広がってきています。
また、立場の違う人同士の感覚を大事にするようにもなってきました。以前は、本部全体の方針を伝える資料は字が細かくて、表現も硬くて、正直とても読みづらい資料でした。でも今回の体験を経て、大事なことを現場の人に“伝わる”ようにするには、みんながわかる言葉で柔らかく伝えようと意識や発想が変化したようで「こんな風だったらいいなと、思うがままに作ってみてほしい。どんな風に作ったら伝わるか教えてほしいんだ」と、マネジメント層から相談されたんです。
地域限定職(元・一般職)の私たちが、本部方針に関わるなんてことは、これが初めてで…! 今までの本部資料にないような色使いや、イラストを使って作りました(笑)。他の本部からも反響があって、メタル+(Plus)本部全体の雰囲気や活動が変わってきたと言われています。
わからない部分を一人で抱えこまず、お互いに力を借りあったり、感覚を差し出し合うような動きが始まり出しているのかな、と思います。直接的な因果関係は説明できないのですが、本部内のエンゲージメント調査の結果も良くなりました。
「当たり前」を打破し、忖度なしに「やりたい」と言えるように
マネジメント層だけではなく、私たちも変わってきた部分があるみたいで。上司に、最近変わったねと言われて、だんだんと自覚してきました(笑)。以前は、勝手に忖度して「〜しないほうがいいよね」と自らストッパーをかけたり、「〜せねばならない」と焦って空回りしたり、無理をしていた部分もあったのだと思います。今は、「私たちは、こうしたい。これがやりたい。やってみたい」と、素直にまっすぐ言えるようになったように思います。希望や提案が通らなくてもすぐに諦めず、粘れるようになったし、自分たちから原動力が湧いているので、全然くじけないんです。
グラフィックファシリテーションは、今思っている当たり前を打破してくれる存在。人も組織も、本当に、これまでと違う側面が見えてきます。こんなの現実的に無理だろう、言ってもしょうがない、どうせ変わんないよねと思っている時や、何か動かそうとしているけど自分でストッパーをかけているような時、もやもやしているけど何かを変えたいと思っている人に、ぜひオススメしたいですね。
(2024年8月インタビュー)
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